まず結論から
- 家の墓所に建つ戦没者の墓は、墓を継いだ人がしまうと決められます。民法897条は、墓の持ち主を、祖先の祭祀(先祖をまつること)を主宰する人と定めています。
- 遺骨を移すときは、ほかの墓と同じく、遺骨のある市町村長の許可(改葬許可)を受けます。墓地、埋葬等に関する法律と施行規則に、戦没者の墓だけの決まりはありません。
- 戦没者の墓は、墓石の下に遺骨が入っていないものが少なくない、と第一生命経済研究所の2016年の論考は書いています。遺体や遺骨がもう無いなら、法律の「改葬」には当たらない、と厚生省(当時)は1957年に答えました。
- 墓石に刻まれた名前は、撤去の前に写し取って残せます。墓の一番の意味は、亡くなった人がどんな人だったかを残す記録だ、と佐々木閑氏は「国民生活」2025年12月号で述べています。
- 地域や団体が建てた慰霊碑は、建てた人など関係者が管理するもの、と沖縄県は2018年の県議会で答えました。管理が行き届かない碑や、建てた人が分からない碑の状況も調べるとしていました。
戦没者の墓をしまってよいのか。誰が決めるのか
月報司法書士の2015年6月号の論文は、墓地を持ち主で「公有墓地」と「私有墓地」に分けています。国の墓地の例に挙がるのが、千鳥ヶ淵戦没者墓苑や旧陸軍墓地です。個人が持つ墓地は、民法897条に基づいて、祭祀を主宰する人に受け継がれます。
家の墓を、継ぐはずだった人に代わって守ってきた人の記録です。戦没者の墓の話ではありませんが、誰が墓を預かるのかという点は同じです。
実家の墓を守り、同じ寺の境内の永代供養塔へ遺骨を移した人(本人の記録・アメブロ)
実は私の弟は50歳という若さで亡くなっています。
本来ならこの弟が跡取りなのです。
弟が亡くなってから22年間は私が実家のお墓を守ってきました。
母が存命の時から年に4回のお墓参りとお寺さんへの付け届けは欠かしませんでした。
母の十三回忌を機に、墓じまいを考え始めた人です。父が祖父の功績をたたえた記念碑は残し、墓地の別の場所に移してもらいました。民法897条は、墓を受け継ぐ人を、亡くなった人の指定や慣習で決めると定めています。
出典: 備忘録 墓じまい(アメブロ)(台帳: V0008)
民法897条は、墓(墳墓)の所有権を、相続とは別に、慣習に従って祖先の祭祀を主宰する人が受け継ぐと定めます。亡くなった人の指定があればその人で、慣習が分からなければ家庭裁判所が決めます。指定がなければ遺族の話し合いでも決められる、と東京弁護士会のコラムは書いています。
遺骨を移すときは、遺骨のある市町村長の許可(改葬許可)を受けます。申請できるのは墓地の使用者が原則だ、と全日本墓園協会の横田睦氏は「国民生活」2025年12月号に書いています。手続きは、ほかの墓と同じ改葬許可です。墓地、埋葬等に関する法律と施行規則に、戦没者の墓だけに当てはまる決まりはありません。
| 墓・碑の種類 | 誰のものか | しまうときの手続き |
|---|---|---|
| 家の墓所に建つ戦没者の墓 | 墓を継いだ人(祭祀を主宰する人)です。 | 遺骨があれば、墓のある市町村長の改葬許可を受けます。 |
| 市の墓地の中の軍人墓地(高松市の例) | 高松市は、屋島と東植田の軍人墓地を、市の墓地として条例の一覧に載せています。 | 条例は、墓所(墓の区画)が要らなくなった使用者に、市長へ届け出て元の状態に戻して返すよう定めています。手順は高松市の墓じまいの記事にあります。 |
| 地域や団体が建てた慰霊碑 | 建てた人など関係者の所有だ、と沖縄県は答えています。 | 慰霊碑の節で扱います。 |
誰が墓じまいを進めるかは墓じまいとは何かの記事、継ぐ人の決まり方は祭祀承継者の記事にまとめました。
戦没者の墓に、遺骨は入っているのか
第一生命経済研究所の小谷みどり氏は2016年の論考で、古い墓地では戦没者の立派な墓を目にすると書いています。そのうえで、100万人以上の戦没者の遺骨がまだ収集されておらず、墓石の下に遺骨が入っていないものは少なくないとしています。
まだ収められていない戦没者の遺骨の収集は、国の責任で行われる、と沖縄県知事は2018年の県議会で答えています。名前が刻まれていても、遺骨が入っているとは限りません。
刻まれた名前と中の遺骨が食い違っていた家の墓の記録です。父から墓じまいを頼まれ、準備を始めた人が書いています。
父から墓じまいを頼まれ、両親が元気なうちに準備を進めている人(本人の記録・note)
今回、改めて墓の中身について確認したところ、少し複雑な事実が分かった。母の実母については、墓石に名前が刻まれているものの、 遺骨はこの墓には納められていなかった。
墓石に名前がある人と、実際に遺骨が納められている人は、必ずしも一致しないということである。
そのため、今回の墓じまいでは、単純に墓石に刻まれている名前の人数を数えるのではなく、 実際に改葬する遺骨と、墓石に刻まれている名前を分けて整理する必要がある。
この墓には、父方と母方の遺骨が一緒に納められています。霊園の管理事務所に確かめると、納められた人の記録は霊園側に残っていました。遺骨が無くても、墓には遺された人が死者と向き合う場としての働きがある、と先の論考は書いています。
出典: 僕の「墓じまい」(note)(台帳: V0005)
遺骨が残っていない墓には、国の通知があります。古い墓の土を新しい墓に移すことについて、遺体や遺骨がもう無いなら法律の「改葬」には当たらない、と厚生省(当時)は1957年に答えました。
| 墓を開けてみたら | どうするか |
|---|---|
| 骨壺や遺骨がある | 墓のある市町村長の改葬許可を受けて移します。 |
| 骨が土に還っている | 大津市は、骨が土に還って現物が無く、移すものが無いなら、改葬許可は要らないとしています。土に還ったかどうかは改葬先の墓地が判断する、と宇治市は案内しています。 |
| 墓の土を移したい | 大津市は、土は改葬許可の対象ではないとし、改葬先の墓地の管理者に相談するよう案内しています。 |
| 誰の遺骨か分からない | 大津市は、市では答えられないため、墓地の管理者に問い合わせるよう案内しています。 |
墓を開けたときのことは墓じまいで骨はどうなるかの記事、改葬に当たる範囲は改葬の記事、申請書の書き方は墓じまいの書類の記事にあります。
墓石に刻まれた名前は、どう残すか
佐々木閑氏は「国民生活」2025年12月号で、墓の一番の意味は、亡くなった人がどんな人だったかを後々に残す記録だと述べています。これまでは、壊れない物として石に彫ってきたといいます。
墓誌(墓に入った人の名前を刻む石の板)の文字を、拓本(紙を当てて墨で写し取る方法)で持ち帰った人の記録です。
父の三回忌を前に、父方の墓をしまい始めた人(本人の記録・アメブロ)
2人で頑張って
墓誌の拓本をとりました。
水をかけると
少しは読めるけど不十分。
やっぱり拓本とって
持ち帰るのが賢明だな。
正式な墓じまいは
9月以降の予定なので
簡単な家系図を作りましょ。
石がすり減って墓誌の文字が読めず、誰が入っているのか分からなかった墓です。市役所には、戸籍をできる限りさかのぼるよう頼んでいます。先祖の情報を残したいなら、インターネットを使うのが新しい墓のかたちになるだろう、と佐々木氏は述べています。
出典: 墓じまい①(アメブロ)(台帳: V0029)
戦争の資料を、県が集めて残した例もあります。高知県は2013〜2015年度に、県遺族会を通じて戦時資料を集める調査をしました。266点の寄贈を受けて歴史民俗資料館で展示している、と県は2018年3月の県議会で答えています。
撤去の前に、刻まれた名前を写し取っておきます。撤去は、複数の石材店から見積もりを取ってから頼みます。日本石材産業協会が2023年度に石材店に聞いた調査(この問いの回答184件)では、見積もりの単位(積算の仕方)が店によって違いました。項目をそろえて比べます。北九州市も、市営霊園の案内で複数の業者からの見積りを勧めています。
地域や団体が建てた慰霊碑を片づけたいとき
慰霊碑の持ち主については、2018年6〜7月の沖縄県議会で、県の子ども生活福祉部長が答えています。慰霊塔・慰霊碑は建てた人など関係者の所有で、修理や清掃などの管理も本来その責任で行う、という答えです。
同じ答弁は、関係者の高齢化などで、十分に管理されていない碑があることを課題に挙げました。県はその年度、県内の碑の管理状況を調べ、建てた人が分からない碑の状況も調べるとしていました。
管理する人がいない碑は、市町村や県の担当に聞きます。聞き先の手がかりは次の表です。
| 聞き先 | 資料にあること |
|---|---|
| 碑を建てた団体や関係者 | 沖縄県は、碑の管理は本来、建てた人など関係者が行うものとしています。 |
| 市町村の墓地の担当 | 高松市は、古高松忠魂碑墓地を、ほかの墓地と同じ市の墓地条例の一覧に載せています。高松市の窓口は高松市の墓じまいの記事にまとめました。 |
| 県の戦没者遺族の援護の担当 | 佐賀県は、戦没者遺族等の援護や旧軍人の履歴を、社会福祉課が受け持っています。 |
まとめ
家の墓所に建つ戦没者の墓は、墓を継いだ人がしまうと決められます。遺骨を移す手続きは、ほかの墓と同じ改葬許可です。墓石の下に遺骨が入っていないものも少なくなく、遺骨がもう無いなら改葬には当たりません。
刻まれた名前は撤去の前に写し取り、撤去は複数の石材店に見積もりを頼みます。北九州市も市営霊園の案内で勧めています。慰霊碑は建てた人など関係者が管理するもの、と沖縄県は答えています。墓じまい全体の流れは墓じまいとは何かの記事にまとめました。
古い家の墓をしまい、昔の記録に触れた3人の口コミ
最後に、古い家の墓をしまった3人の記録から、一節ずつ紹介します。
祖父の土葬から約七十年たった、菩提寺の境内の墓をしまった人(本人の記録・note・2024年)
ところが驚いたことに、区画全域を2メートル掘り下げたが、遺骨は出てこなかったとの返事! そのため、お墓の土をお寺の本堂で供養することになったらしい。
出典: 墓じまいの話(note)(台帳: V0021)
母を見送ったあと、弟が進めた実家の墓じまいに立ち会い、実家の片付けを続けている人(本人の記録・note)
妹は仏壇回りの片づけ。 色々出てきたようです。
写真は、ひいおじいちゃんが書いた日誌のようなもの。 文面内容は、ちょっと読み解けないのですが、戦時中のことでしょう。
出典: 墓仕舞い(note)(台帳: V0070)
戦後に台湾から引き揚げた祖父が金沢の山に建てた墓の墓じまいに、家族で立ち会った孫(本人の記録・note)
このお墓を、あの明治生まれの寡黙な祖父が一生懸命建てたと思うと、 こうして墓じまいを見届けにこれてよかったと思った。 無宗教の我が家だけど、このお墓の意味は、 ご先祖様を思うことなんだね。
出典: 墓じまいを見届けてきた(note)(台帳: V0069)
