まず結論から
- 浄土真宗本願寺派は、亡き人は墓の中ではなく、浄土に生まれて仏になっていると説明しています。私たちにいつも寄り添っている、とも書いています。
- 浄土宗の辞典は、石塔や位牌の「お性根を抜く」とも言う撥遣式を、招き迎えた仏・菩薩に本国へ還っていただく法会(法要)と説明しています。
- 神社本庁は、日本人は古来、人は亡くなっても子孫を見守る存在だと考えてきたと説明しています。家庭では御霊舎(先祖の霊をまつる場所)でまつります。
- 天台宗は、日常の生活すべてを仏様やご先祖様への供養と思って生きることが大切だ、と説いています。
- 本願寺派は、納骨のかたちを最後に決めるのは、亡き人本人ではなく、亡き人を偲ぶ側の人だとしています。
墓じまいをすると、墓にいた先祖の魂はどこへ行くのか
墓を閉じたら、先祖の魂は居場所をなくすのではないか。そう感じて、手が止まる人もいます。祟りや体調不良の心配は墓じまいで不幸になるかの記事にまとめたので、ここでは魂の行方を考えます。閉眼供養(墓石から魂を抜くとされる法要)に立ち会った人の記録です。
神奈川県西方の実家近くにあった先祖の墓を、都内の合祀墓へ移した長男(個人ブログ)
事前にご住職にお墓の閉眼供養を依頼する必要があります。実際に「魂抜き」に立ち会いましたが、不思議な儀式のようで、もちろん、魂の移動の実感はありません。ただひたすら手を合わせながら、亡き人のことを思い浮かべていました。
子どもに負担をかけたくないと、自分の代で墓を整理した人です。移した先は、都内の駅に近い建物の中の合祀墓(ほかの人の遺骨と一緒に納める墓)でした。仏教学者の佐々木閑さんは、釈迦の仏教はもともと墓を作らない宗教だった、と話しています。
出典: 後悔しない! 墓じまい こうすればうまくいく(ヒロブログ 歳刻を愉しむ)(台帳: V0016)
佐々木閑・花園大学特別教授が、国民生活センターの月刊誌「国民生活」2025年12月号で語った説明です。釈迦の仏教は輪廻・生まれ変わりを信じ、人が亡くなっても墓を作らない宗教でした。皆が墓を作って骨を祀るようになったのは、江戸時代に檀家制度(家ごとに決まった寺に属するしくみ)が確立してからだといいます。
では、亡き人はいまどこにいるのか。宗派と神道の公式の説明を並べます。
| 宗派・団体 | 亡き人はどこにいるか |
|---|---|
| 浄土真宗本願寺派 | 亡き人は墓の中にいるのではなく、浄土に生まれて仏になっている。実体としての亡き人は、仏壇の中にもいない。 |
| 真宗大谷派 | 亡くなった方は、迷うことなく浄土に還り、仏となる。だから亡くなった方を霊として祀ることはない。 |
| 浄土宗 | 葬儀は、亡き人が阿弥陀さまのお迎えを仰ぎ、速やかに極楽に往生することを願う法要。 |
| 曹洞宗 | 葬儀は、仏さまの弟子となり仏さまになるための儀式で、故人があの世へ旅立つ儀式でもある。住職が葬儀で、故人を墓に眠る先祖の仲間として迎え入れる。 |
| 神道(神社本庁) | 人は亡くなってもこの世にとどまり、子孫を見守る存在と考えてきた。家庭では御霊舎でまつり、普通は50年の「まつりあげ」で、故人の御霊は神さまのもとに帰るといわれる。 |
閉眼供養で抜くとされるものの説明も、宗派で違います。浄土宗の辞典は、仏像や石塔、位牌の「お性根を抜く」とも言う撥遣式(はっけんしき)を、招き迎えた仏・菩薩に、本国へ還っていただく法会と説明しています。浄土真宗本願寺派は、墓が完成したときの法要を建碑式と呼び、お性根入れとは言わないとしています。
真宗大谷派は、「冥福」は、さまよい迷っている世界での幸福を祈るという意味の言葉だと説明しています。そのうえで、迷っているのは亡くなった方ではなく、むしろ私たちの方ではないか、と問いかけています。閉眼供養のお布施の額は墓じまいのお布施の記事にまとめました。
魂が墓にいないなら、手を合わせる意味はあるのか
亡き人が墓にいないのなら、墓じまいの前の法要や、これからの墓参りは何のためなのか。夫と父・母の遺骨を、寺の墓から出した妻の記録です。
夫と父・母の3つの骨壺を寺の墓から出し、築地本願寺の合同墓へ納めた妻(note)
私としては生前も死後も一緒に暮らした家族を思う気持ちに変わりはないので、前に鎮座するお骨に魂は宿っていなくとも、この法要の本堂でご焼香し参拝してあげることが一番の供養になり、家族としてのつとめで、それを子供達にもきちんと体験させたいと思います。やがてはそれが残された家族を幸せに導いてくれるのではないかと。
夫が急に亡くなったあと、葬儀から墓じまいまでを続けて済ませた人です。寺の本堂での最後の法要に並んだ家族は、本人と子ども2人の3人でした。供養の意味を、天台宗は2つに分けて説明しています。
出典: "ゴースト夫"に会いたくて〜墓じまい(納骨と法要)〜第36話(最終話)(note)(台帳: V0026)
宗派の公式Q&Aは、供養や法事、仏壇と墓の意味を次のように説明しています。
| 宗派 | 供養・法事・仏壇・墓の意味 |
|---|---|
| 天台宗 | 花や香、供物を供える「利供養」と、教えにしたがって日々修行する「法供養」。2つがあってはじめて本当の供養になる。 |
| 浄土宗 | 法事は本来、仏さまの教えを実践すること。毎日のお供えやお勤め(読経)も、全て法事。 |
| 浄土真宗本願寺派 | 仏壇は、仏となって、つねに私を見守ってくださる亡き人に出遇う場。 |
| 真宗大谷派 | 墓は、亡くなった方に願いごとをする場ではない。念仏を申し、ともに仏法をいただく場。 |
そのうえで天台宗は、日常の生活すべてを、仏様やご先祖様への供養と思って生きることが大切だとしています。佐々木閑さんは、墓じまいをして、墓の代わりに家の中に位牌を置く方法を挙げています。位牌を継ぐ人がいなければ、位牌を寺に納める方法もあるといいます。
取り出した遺骨の行き先は墓じまいの遺骨の行き先の記事に、寺や霊園に供養を任せる方法は永代供養の記事にまとめました。
先祖は墓じまいをどう思っているのか
墓じまいの当日の空に、先祖の気持ちを重ねる人もいます。祖母が山の中に建てた墓の墓じまいで、閉眼供養に立ち会った孫の記録です。
祖母が山の中の見晴らしのよい場所に建てた墓を、墓じまいした孫(note)
その日は雨模様だったのですが、供養の前後だけ日が差し・・・お花と少しの果物と、お線香を供え、読経をしてもらいます。
墓石に光が当たり、見上げると雲の間から雄大な青空が広がって、なんだか本当に、感動的でした。
祖母がその場所を選んだのは、町一面を見渡せるからでした。書き手はその晴れ間に、祖父母もきっと納得してくれたのだろう、と記事を結んでいます。先祖をどう感じているかを、全国の人に尋ねた調査があります。
出典: お墓じまい⑥閉眼供養(note)(台帳: V0063)
第一生命経済研究所は2009年9月、全国の35〜79歳の男女584人に、先祖やお墓についての考えを聞きました。肯定的な意見が多かったのは「先祖は私たちを見守っている気がする」と「お墓を守るのは子孫のつとめだと思う」で、どちらも77.9%でした。
これから先祖になる側の思いを聞いた調査もあります。マクロミルが2018年10月、全国の20〜79歳の男女2,000人に聞いた調査です。終活をしている人とこれから始める人の理由で、最も多かったのは「家族に迷惑を掛けたくないから」の89%でした。
浄土真宗本願寺派は、納骨のかたちを最後に決めるのは、亡き人を偲ぶ側の人だとしています。当日の雨や日取りの心配は墓じまいで不幸になるかの記事にまとめました。
菩提寺と縁が薄くても、寺に聞いてよいのか
魂や供養のことで迷いが残るなら、寺に聞く手があります。菩提寺(先祖の墓がある寺)と縁が薄くなった人へ、宗派の公式Q&Aは次のように答えています。
| 宗派・寺 | どんな人への答えか | 答え |
|---|---|---|
| 曹洞宗 | 故郷を離れて長く、故郷に菩提寺と墓があるが、親戚や縁者が減ってきた人 | まず、お寺と相談を。菩提寺の住職に事前に相談するよう勧めている |
| 築地本願寺(浄土真宗本願寺派) | 地元の寺とは疎遠なまま、東京で葬式をしてよいか迷う人 | 今まで疎遠でも、遠慮なく地元の寺に相談しよう |
| 真宗大谷派 | 墓を建てるときに心配なことがある人 | 手次ぎの寺(所属する寺)か、近くの真宗大谷派の寺に尋ねてほしい |
築地本願寺は、今まで疎遠であっても、遠慮なく地元の寺に相談してよいと答えています。
墓石の撤去を頼む石材店は、1社だけで決めません。日本石材産業協会が石材店に尋ねた調査では、見積もりの単位は面積・体積・重さ・一式などに分かれていました。複数の石材店から見積もりを取り、項目をそろえて比べます。北九州市も市営霊園の案内で、複数の業者からの見積もりを勧めています。相場は墓じまい費用の記事に、業者の選び方は墓じまい業者の記事にまとめました。
まとめ
墓じまいで先祖の魂がどうなるかは、宗派によって説明が違います。浄土真宗本願寺派は、亡き人は墓の中ではなく浄土で仏になっていると説明しています。神社本庁は、亡くなった人を子孫を見守る存在と考えてきたと書いています。浄土宗の辞典は、お性根を抜く儀式を、招き迎えた仏・菩薩に還っていただく法会と説明しています。
天台宗は、日常の生活すべてを供養と思って生きることが大切だとしています。迷いが残るときは、疎遠になった寺にも遠慮なく相談してよい、と築地本願寺は答えています。墓を残した場合にどうなるかは墓じまいしないとどうなるかの記事にまとめました。
墓じまいと先祖への思いを書いた3人の口コミ
最後に、墓じまいの前・最中・あとの3人の記録から、先祖や魂への思いを書いた一節を紹介します。
母の遺骨を大谷本廟に納め、祖父母と父が眠る墓もいつか処分するつもりの娘(note)
正直に言うと、骨に魂が宿っているとは思っていません。
それでも、お墓には行きます。行かないという選択肢は、私の中にありません。
出典: 母だけがいないお墓に、手を合わせてきました(note)(台帳: V0065)
臨月に、市設の霊園にあった先祖の墓をしまい、遺骨を寺の納骨堂へ移した30歳の当事者(note)
わたしは父を亡くした時から、先祖の人達に自分を守ってほしいとは思わなくなった。わたしを守るために何かの力や労力を使うくらいなら、安まる場所でどうかどうか穏やかにいてほしい。みんなで集まって思い出話をたくさんして、お茶でも飲んでいてほしい。
出典: 先祖の遺骨と、妊婦のわたし〜30歳の墓じまい(note)(台帳: V0057)
本家の一人娘として実家の墓をしまい、遺骨を菩提寺の永代供養塔に託した当事者(アメブロ)
墓じまいから2ヶ月経ってみると、寂しいという気持ちは無く(菩提寺にお骨を託したので、むしろ肩の荷が下りて安心しました。)、ほっとした気持ちのほうが大きいです。
出典: 全て完了しましたー墓じまいー(アメブロ)(台帳: V0118)
