墓じまいは罰当たり?良くないことか宗派と住職5人の答え

墓じまいは罰当たり?良くないことか宗派と住職5人の答え
目次

墓じまいをしたら、罰が当たるのではないか。先祖代々の墓を閉じるのは、良くないことではないか——。申し訳なさが先に立って、踏み出せずにいるのではないでしょうか。

この記事では、その問いに、宗派の公式の答えと寺の住職の言葉、墓じまいをした人の口コミで答えます。浄土宗・日蓮宗・全日本仏教会の公式Q&Aと、国民生活センターの月刊誌に載った仏教学者の話、寺の住職への聞き取りをまとめた論文を出典にしました。

まず結論から

  • 浄土宗の公式Q&Aは、永代供養墓や合祀墓、樹木葬、散骨を、墓を管理する人がいない人や、管理が経済的に難しい人にとって合理的な供養の方法だと書いています。
  • 全日本仏教会のQ&Aは、永代供養墓が、今までの継承とは違う形で、家族の「こころとこころの繋がり」を確かめる場になりつつある、と書いています。
  • 日蓮宗は、「お墓はいらない」という考えに、墓や仏壇は家族の心の柱で、先祖へ感謝を供える場だと答えています。
  • 仏教学者の佐々木閑・花園大学特別教授は、本来の仏教から考えれば、檀家制度(家ごとに決まった寺に属するしくみ)から外れても構わないと述べています。檀那寺(代々付き合いのある寺)との関係をどうするかは、一人一人の感性による判断だ、とも話しています。
  • 寺の住職の見方も分かれます。兵庫県新温泉町で永代供養墓を建てた寺の住職は、思ったより親戚がよく参っていると話しました。同じ町の別の寺の住職は、継ぐ人がいるのに永代供養で寺との縁を切るのは好きではない、と話しました。

墓じまいは罰当たりなのか。宗派の答え

墓じまいを考えると、まず「罰が当たる」という言葉が浮かぶ人もいます。祟りや不幸が起きるかどうかは墓じまいで不幸になるかの記事にまとめたので、ここでは、墓じまいという行いそのものが悪いことなのかを考えます。費用の心配から思い詰めた、92歳の檀家の記録です。

92歳の檀家に代わって、曹洞宗の菩提寺を訪ねた地域のシニアサポートの担当者(note)。引用は、住職の言葉を担当者が書きとめたもの

お釈迦様は、ご高齢でお一人暮らしのTさんが、生活を切り詰めてまで納めるようなことは決して望まれておられないと思います。

Tさんは90代になられるまで、十分に菩提寺に尽くしてくださいました。お墓を建てられた時にすでにお布施はいただいています。

ですので、墓じまいについても、これ以上思い煩う必要はありませんよ。これからはお墓のお金の心配などせず、日々、ご仏壇の前で感謝して過ごしてくださいね

記録の見出しは「バチが当たる…」でした。墓じまいの費用の噂を聞いたTさんは、夜も眠れないほど思い詰め、担当者が代わりに寺へ向かいました。墓を持たない供養のかたちについて、浄土宗は公式Q&Aで答えています。

出典: 墓じまいに泣いた92歳(くらしほっと新聞・note)(台帳: V0046)

宗派や仏教の団体、仏教学者は、墓を閉じることや墓を持たないことを、次のように書いています。

宗派・団体・研究者墓を閉じる・墓を持たないことについて
浄土宗近年は、永代供養墓(寺などが供養を続ける墓)、合祀墓(ほかの人の遺骨と一緒に納める墓)、樹木葬、散骨など、埋葬の方法が多様になった。墓を管理する人がいない人や、管理が経済的に難しい人にとっては、合理的な供養の方法といえる。合祀墓や散骨は、一度納めたり撒いたりすると、遺骨を再び集めるのは難しい。
全日本仏教会少子化で墓の継承が難しくなり、菩提寺(先祖の墓がある寺)を持たない人も増えた。永代供養墓は、今までの継承と違った形で、家族の「こころとこころの繋がり」を確認できる場になりつつある。
日蓮宗墓や仏壇は家族の心の柱で、先祖へ感謝を供える場。近年は、経済的・合理的な観点から、仏壇や墓がないがしろにされる傾向があると書く。
佐々木閑(花園大学特別教授・仏教学)本来の仏教から考えれば、檀家制度から外れても構わない。檀那寺がないまま死ぬのを、寂しく思う人もいる。

宗派によって、答えの向きは違います。浄土宗と全日本仏教会は、継ぐ人がいない家の永代供養墓を、供養のかたちの一つとして書いています。日蓮宗は、墓を持たないことに慎重です。佐々木閑さんは、檀那寺とどう付き合うかは、一人一人の感性で判断することだと述べています。

全日本仏教会と大和証券が2024年12月に行った調査では、墓を移した人と移したい人の計700人に理由を聞いています。最も多い答えは「将来、家族の負担を軽減するため」の51.2%でした。理由の内訳は永代供養の記事に図でまとめました。寺に包むお金は墓じまいのお布施の記事に、費用が払えないときの道は墓じまいのお金がないときの記事にあります。

墓を閉じたら、先祖の供養は終わってしまうのか

墓を閉じることは、先祖の供養をやめることではないか。そう考えて、申し訳なさを感じる人もいます。父と決めて実家の墓をしまい、同じ寺の永代供養墓へ移した娘の記録です。書き手は、永代供養墓にすれば年忌法要(一周忌などの法事)をしなくてよくなる、と思っていたそうです。

父と決めて実家の墓をしまい、同じ寺が建てた永代供養墓へ移した娘(はてなブログ)

そしたら違ってました。

「永代読経懇志は亡くなってからの法要志なので生前元気なうちはお参りに(年忌法要も含む)つとめてください」と使用規則に記載されてました。

(年忌法要のはがきが届きます。きちんと法要を営んでいます) ←当たり前のことですが……こんなことを思って罰当たりもんです。ご先祖様申し訳ございませんでした

5年前、墓の面倒を見る人がいなくなるかもしれないと考えた父が、「このお墓どうする?」と聞いてきたのが始まりでした。移した先は、住職が別の場所に建てた永代供養墓です。墓を閉じたあとの供養を、寺の側から調べた研究があります。

出典: 【終活】墓じまいをして新たに永代供養墓を購入したお話です。(りかさんのぼっちブログ)(台帳: V0012)

辻井敦大さんの2018年の論文は、兵庫県新温泉町と東京都区部の6つの寺の住職に、2015年から2017年にかけて聞き取りをしたものです。新温泉町で永代供養墓を建てた寺は、納めた人の名前を石版に刻んでいます。祥月命日(亡くなった月と日)にはお経を上げ、遺族に葉書で知らせています。住職たちの見方を並べます。

寺(地域・宗派)永代供養墓・散骨についての住職の見方
A寺(兵庫県新温泉町・浄土真宗)永代供養で縁を切る人を心配していたが、意外と親戚がよく参ってくる。花が供えてあって驚いた。先祖への思いはそれほど薄れていない。
C寺(同じ町・臨済宗)後をみる人が本当にいないなら仕方がない。継ぐ人がいるのに永代供養で縁を切ろうとするのは無責任で、好きではない。永代供養墓は建てていない。
E寺(東京都世田谷区・日蓮宗)子どもが女性だけなどで、継ぐ人のいない檀家が増え、2012年に永代供養墓を建てた。建てたことで檀家は安心している。
F寺(東京都新宿区・曹洞宗)散骨そのものをしてはいけないわけではない。ただ、あとで手を合わせる場所がなくなることは問題だと見ている。

新温泉町の寺の住職が見たのは、永代供養墓にも親族が参り、花が供えられている姿でした。取り出した遺骨の行き先は墓じまいの遺骨の行き先の記事に、寺に供養を任せる方法は永代供養の記事にまとめました。先祖の魂の行方は墓じまいとスピリチュアルの記事で扱っています。

申し訳なさが消えないのは、おかしいことなのか

墓じまいを決めたあとも、申し訳なさが残る人がいます。母方の祖父母の墓を、従妹と一緒にしまおうとしている孫の記録です。

都立多磨霊園にある母方の祖父母の墓を、従妹と別の都立霊園の合同埋葬墓へ移そうとしている孫(note・進めている途中の記録)

こんなに立派な、しかもおじいちゃんの美的センスとこだわりを感じさせるお墓を解体することは、いまだに申し訳なさが残るのだけれど、今回のことを通して、おじいちゃんのお墓へのこだわりや生前の話を思い出し、こうして文字にして記すことができたことは、おじいちゃんへのリスペクトになるのではないかと思うし、“おじいちゃんの想いを受け取れた”と感じている。

墓の区画は48㎡ありました。書き手は祖父に会ったことがなく、母や親族から聞いた話で祖父を知っています。墓を守るのは子孫のつとめ、という考えは、全国の意識調査にも表れています。

出典: 墓じまい〜おじいちゃんってカッコイイ〜(note)(台帳: V0048)

茨城キリスト教大学の森謙二教授らの研究グループは、1998年・2003年・2011年の3回、墓地についての全国の意識調査を行いました。「祖先祭祀(先祖をまつること)は子孫の義務である」と考える人は、1990年代から少しずつ減ってきました。それでもどの世代でも8割を超えてきたと、森教授は2015年の論考に書いています。

では、先祖代々の墓は、いつから当たり前になったのか。いまの家の墓ができるまでを並べます。

時代起きたこと
江戸時代幕府は、キリスト教が入ってくるのを防ぎ、仏教界をまとめるため、檀家制度を取り入れた。すべての家を寺と結びつけ、家の情報を寺に集めた。
明治〜大正火葬が広まり、先祖代々の遺骨を一つの墓に納められるようになった。「○○家之墓」のような家の墓が定着していった、と2017年の論文が先行研究を引いて整理している。
戦後民法897条と墓地埋葬法(1948年)は、死者の供養は子孫が行うという前提で作られた。「家」制度は廃止したのに、祭祀承継(墓や仏壇を継ぐこと)の条項は民法に残した。

さらにさかのぼると、釈迦の仏教はもともと墓を作らない宗教だった、と佐々木閑さんは話しています。その話は墓じまいとスピリチュアルの記事にまとめました。墓を残した場合にどうなるかは墓じまいしないとどうなるかの記事にあります。

「罰当たり」と人から言われたら

親族や周りの人から「罰当たり」と言われたら、どう受け止めればよいのか。その言い方への違和感を語った人がいます。千葉県いすみ市の寺の樹木葬(木の下などに遺骨を納める墓)を申し込んだ77歳の女性です。

女性は2015年の聞き取りで、「ちゃんとしないと先祖の祟りがある」という言葉が嫌だと語りました。先祖は普通、子孫を守るのが当たり前なのに、と続けています。

浄土宗は、墓は亡くなる人のためだけでなく、残された人の心の拠り所でもあるとして、家族でよく相談するよう勧めています。

ためらう理由が費用なら、撤去を頼む石材店を1社に決めず、複数の石材店から見積もりを取ります。北九州市も市営霊園の案内で、複数の業者からの見積もりを勧めています。相場は墓じまい費用の記事に、業者の選び方は墓じまい業者の記事にまとめました。

まとめ

墓じまいが罰当たりかという問いに、宗派の答えは一つではありません。浄土宗は、管理する人がいない人や管理が経済的に難しい人にとって、永代供養墓などを合理的な供養の方法と書いています。日蓮宗は、墓や仏壇を家族の心の柱と説いています。

寺の住職の見方も分かれますが、永代供養墓に親族が参っている寺もあります。「祖先祭祀は子孫の義務」と考える人は、全国の調査でどの世代でも8割を超えてきました。迷うときは、家族でよく相談しましょう。

墓じまいの前とあとの気持ちを書いた3人の口コミ

最後に、墓じまいの前と、済ませたあとの3人の記録から、親や先祖への思いを書いた一節を紹介します。

墓じまいを終えた翌日に、両親が買った墓のこの先を母に提案して断られた話を書いた娘(アメブロ)

両親の生きてる間から、親の墓じまいを心配する私は親不孝者?

親の意向をしっかり確認出来て良かったと言う事で。

出典: それぞれの墓事情(アメブロ)(台帳: V0120)

父が建て、母が眠っていた墓をしまい、両親の遺骨を縁のできた寺の永代供養塔へ納めた一人っ子の息子(note)

めでたしとは言えない。結果として、父は自分の建てた墓に入れなかった。息子としては、死後父の思いをかなえてあげられなかったことは、申し訳ないと思う。しかし父の墓は、妻に先立たれた父にとっては、その依代として十分に役割を果たした。そう思っている。

出典: 実家じまい(三)墓(note)(台帳: V0127)

16年ほど前、義父母に頼まれて関西の墓をたたみ、遺骨を近くの寺へ移した宿の女将(note)

義父母の思いに応えたい一心で、ただ夢中で手続きや準備に駆け回ったことを覚えています。後日、家族みんなが揃って無事に納骨を終えたときの、胸がすーっと軽くなるような安心感は、今でも忘れられません。

出典: 遠方の墓じまいと、嫁いだ私の立場~無縁仏にしないための小さな一歩(note)(台帳: V0045)

参考文献

  1. 全日本仏教会・大和証券 (2025) 仏教に関する実態把握調査(2024年度)報告書. 全国の20〜79歳の男女へのインターネット調査(2024年12月・本調査6,192サンプル).
  2. 辻井敦大 (2018)「先祖祭祀の変容と寺院の参与―永代供養墓の建立と意図に注目して―」宗教と社会 24. 兵庫県美方郡新温泉町と東京都区部の寺院の事例研究.
  3. 内田安紀 (2017)「現代日本における葬送と自然―「自然に還る」というイメージをめぐって―」宗教と社会 23, 15-29.
  4. 北九州市「諸手続きについて(市営霊園)」.
  5. 国民生活センター (2025)「国民生活」2025年12月号(No.160)特集「『家』を継げない時代の埋葬と祭祀を考える」特集2 佐々木閑「檀家制度の歴史と変遷-これからのお寺と新たな弔いの姿-」.
  6. 森謙二 (2015)「〈家〉なき時代の墓地埋葬法-現行法の問題とこれからの課題」『月報司法書士』2015年6月号(No.520)特集「墓地・葬送の問題」. 著者は茨城キリスト教大学文学部教授.
  7. 日蓮宗ポータルサイト「仏教・仏事のQ&A お墓・お墓参りについて」.
  8. 浄土宗「よくあるご質問」(浄土宗公式サイト).
  9. 全日本仏教会「仏教Q&A」.

当事者の口コミの出典: V0046(note)/V0012(はてなブログ)/V0048(note)/V0120(アメブロ)/V0127(note)/V0045(note)。いずれも本人が公開している記録で、引用は原文のままです。

更新履歴: 2026-10-06 公開