まず結論から
- 札幌市・八戸市・富士市の公営の合葬墓では、遺骨を骨壺から出して、ほかの人の遺骨と一緒に納めます。鎌倉新書の2026年の調査では、墓じまいのあとの移し先は、こうした永代供養の合祀・合葬墓が43.2%で最多でした。
- 骨壺のまま預ける施設には、容器の大きさの上限があります。都立霊園は、合葬の施設や納骨堂などに納める容器を、幅・奥行き・高さとも30cm以内と定めています。
- 名前の分からない古い骨は、受け入れ先によって扱いが違います。大谷本廟は、複数名分を1つの骨壺にまとめて持参できます。生前の名前(俗名)が分からない人の納骨は受け付けていません。
- 仙台市のいずみ墓園の合葬式墓所は、遺骨を乾燥した状態で持ち込むよう求めています。墓から遺骨を移す改葬のときは、注意するよう書いています。
- 空いた骨壺の出し方は、市や霊園で違います。横浜市は中身を空にして燃えないごみ、名古屋市のみどりが丘公園は持ち帰りです。
先祖の遺骨は、骨壺のまま新しい納骨先へ移せるのか
鎌倉新書は2026年1月、お墓の情報サイト「いいお墓」で資料請求や霊園見学をした人のうち、改葬・墓じまいを検討・実施した人に調査をしました。遺骨の移し先は、永代供養の合祀・合葬墓が43.2%で最多です。行き先ごとの割合は、墓じまいで骨はどうなるかの記事にまとめました。まず、骨壺の大きさが墓に合わなかった家の記録です。
金沢市の山の墓地にある父の実家の墓じまいに、母・兄・妹と立ち会った娘(個人ブログ・note)
私が高校生のころから静岡の実家で共に暮らし、その後亡くなった祖母の大きな骨壺は入らず、 お墓に入れる際には骨壺を包んでいた風呂敷に、直にお骨を開けて、包んで埋葬したのだと、母が笑い話で話していた。
開けてみたら本当にその通りで、 13年前に亡くなった祖母のお骨を包んだ風呂敷は、昨日包んだかのように色褪せず、 ただ湿気を含んでしっとり濡れていた。
納骨室には、石川県特有の小さな骨壺が3つと、さらに小さな骨壺が2つ入っていました。竹内康博氏は2021年の講演録で、西日本はだいたい骨の一部を拾う部分収骨で骨壺が小さく、関東は全部拾うので大きいと話しています。
出典: 墓じまいを見届けてきた(note)(台帳: V0069)
合祀・合葬墓に納めるとき、骨壺をどうするかは施設ごとに決まっています。公営の5か所の案内を並べます。
| 移す先 | 骨壺をどうするか |
|---|---|
| 札幌市の合同納骨塚 | 遺骨は骨壺などから取り出し、ほかの人の遺骨と一緒に納めます。納めたあとの引き取りは一切できません。 |
| 八戸市の合葬墓 | 布製の納骨袋に移して持参します。目安は、7寸の骨壺に収まる量です。 |
| 広島市の合葬墓 | 使用者が自分で骨壺などから取り出し、市が送る納骨袋に移して、保健所に持参します。 |
| 富士市の森林墓園の合葬式墓所 | 骨つぼなどに入った状態で引き受け、後日、墓園のスタッフが布製の骨袋に移します。 |
| 大阪市の瓜破霊園の合葬式墓地 | 直接合葬する形は、骨壺の大きさに制限がありません。 |
骨壺のまま預ける施設では、容器の大きさに上限があります。都立霊園は、合葬の施設や納骨堂などに納める遺骨の容器を、幅・奥行き・高さとも30cm以内と定めています。納めるのに支障がある容器なら、管理者は納めるのを断れます。
宮崎市は、市営の合葬墓に納める骨壷の大きさを、墓地ごとに決めています。西宮市の白水峡合葬式墓地は、使用許可から10年間は一時安置室に納め、その後に合葬室へ移します。明石市の個別安置室は、規定の大きさ以下の骨壺を各自で用意します。長野市の霊園の合葬式墓地は、個別に納める場所の骨壷を長野市開発公社が用意します。自分で用意するなら7寸以下です。
名前の分からない古い骨壺が出てきたら、どうするのか
墓の中に誰の骨が何体あるか、分からないこともあります。宇治市は、亡くなった人の詳細が分からなければ、今の墓地の管理者に尋ねるよう案内しています。管理者は管理台帳を備えているためです。母方の祖父母の墓を、いとこ9人でしまった人の記録です。
母方の祖父母の墓を、いとこ9人でしまった孫(個人ブログ・note)
水色の骨壺が、約35年前の祖父のもの。黄土色の骨壺が、たぶん祖母のもの。末っ子(五女)であるワタシの母が2歳のときに他界しているので、80年以上前のものです。
それから、とっても小さな茶色の骨壺が1つ。これは、生まれてすぐに亡くなったという四女のものでしょう。
それ以外の5体は茶や黒っぽい壺に入っていて名前もなく、まったくもって正体不明。うち2体は蓋もない。茶色に変色したお骨がむき出しで納まっていました。
茶や黒の壺は味噌などを入れる物で、当時は食品保存用の甕を代用することもあったと、僧侶から聞いたそうです。8体は汚れを拭いてから、寺の合祀墓へ納めました。厚生労働科学研究の2024年の報告書は、骨壺から出して墓の納骨室(カロート)へ直接納めると、先の遺骨と混じり合うと書いています。
出典: いとこ9人で墓じまい。きっかけ、しまい方、費用。そして墓参りは続く…(note)(台帳: V0071)
受け入れる側にも、名前の分からない骨についての決まりがあります。生前の名前が分からない遺骨は、受け付けない納骨先もあります。
| 場面 | 決まり |
|---|---|
| 役所への改葬の申請 | 下関市は、古くて氏名も人数も分からない骨を、「〇〇家先祖〇体」のように書くと案内しています。分からない項目の書き方は、墓を開けたら何が出てくるかの節にまとめました。 |
| 大谷本廟(浄土真宗本願寺派) | 亡くなったあとの名前(法名)が無くても、俗名だけで納骨できます。俗名が分からない人の納骨は受け付けていません。 |
| 八戸市の合葬墓 | 納骨袋に、納める人の氏名と亡くなった日を書いて持参します。 |
| 大谷本廟で1つの骨壺にまとめる | 複数名分を1つの骨壺に入れて持参できます。改葬の場合は小型容器より大きい扱いで、複数体なら納めるお金(懇志)は人数をかけた額です。 |
| 明石市の石ケ谷墓園 | 改葬なら、最大5体までを1体とみなせます。個別安置室では、全部の遺骨を規定の大きさの骨壺1つに一緒に納めます。 |
湿った骨と、空いた骨壺はどうするのか
移す先が、骨の状態を決めていることもあります。仙台市のいずみ墓園の合葬式墓所は、遺骨を乾燥した状態で持ち込むよう求めています。納骨先の寺から、乾かして新しい骨つぼに入れるよう言われた人の記録です。
両親を大阪の寺の永代供養に納め、祖父母の墓じまいを控えた二人姉妹の妹(個人ブログ・note)
今のお墓に眠る祖父母のお骨が どんな状態なのか分からないのですが 恐らく何十年も雨などの影響を受けて 「すごいこと」になってるだろうと…ヒェ〜😱 そのお骨をですね なんと、「自分たちでしっかり乾燥させて、新しい骨つぼに入れた状態で持ち込んで下さい」と言われたのです
寺の料金は1霊ごとで、亡くなって間もない人(新仏)と先祖とで額が違いました。両親を先に納め、先祖は墓じまいのあとに頼む段取りです。書き手は、陶芸で骨つぼを作りました。仙台市の案内も、改葬のときは注意するよう書いています。
出典: 【墓じまいのこと】両親の納骨と、まさかの「骨つぼ手作り」(note)(台帳: V0023)
遺骨の取り出しと墓石の撤去は、複数の石材店に見積もりを頼みます。北九州市も、市営霊園の工事は複数の業者から見積りを取るよう勧めています。日本石材産業協会が2023年度に会員の石材店に尋ねた調査では、見積もりの単位は面積・体積・重量・一式・墓の数・人件費に分かれていました。項目をそろえて比べます。頼む相手の分け方は、墓じまい業者の記事にまとめました。
骨を出したあとの骨壺の出し方も、市や霊園で違います。
| 市・霊園 | 空いた骨壺の扱い |
|---|---|
| 横浜市 | ごみ分別辞典で、骨壺は燃えないごみです。中身を空にして出します。 |
| みやま市(福岡県) | 市が受け入れできないものの中で、処理困難物に骨壺を挙げています。 |
| 名古屋市のみどりが丘公園 | 骨壺や供養の木の板(塔婆)は、自分で持ち帰ります。 |
| 水戸市の浜見台霊園の合葬式墓地 | 骨壺が不要なら、使用者が自分で処分します。 |
| 旭川市の共同墓 | 骨つぼや骨箱、骨箱カバーの処分を希望するなら、納骨のときに持参します。 |
| 富士市の森林墓園の合葬式墓所 | 骨つぼなどは、墓園が処分します。 |
ごみに出すなら、住んでいる市の分別の案内で確かめます。
先祖と親の遺骨を、別々の所へ移せるのか
宇治市の案内では、改葬の許可の申請書は遺骨1名分につき1枚で、5体なら5枚です。大津市も、複数名分なら人数分の申請書が要るとしています。
宇治市の申請書には、改葬先の墓地や納骨堂の名称と所在地を書きます。浦安市は、墓地公園の墓を使い続けながら、遺骨の一部だけを合葬式墓地へ移す制度を設けています。1体につき35,000円で、随時申請できます。
料金を何体分として数えるかの確かめ方は、永代供養の記事にまとめました。先祖を動かすことへのうしろめたさには、墓じまいで不幸になるかの記事で、宗派の見解と経験者の言葉から答えています。
まとめ
墓じまいのあとの移し先は、合祀・合葬墓が最多です。札幌市・八戸市・富士市の公営の合葬墓では、遺骨を骨壺から出して、ほかの人の遺骨と一緒に納めます。骨壺のまま預ける施設には、都立霊園の30cm以内のような容器の上限があります。名前の分からない骨は、受け入れ先の決まりを先に確かめます。
骨は乾燥した状態で持ち込むよう求める所があり、空いた骨壺の出し方は市や霊園で違います。取り出しと撤去の見積もりは複数の石材店に頼み、遺骨の行き先の全体は墓じまいで骨はどうなるかの記事で確かめてください。
先祖の遺骨を移した3人の口コミ
最後に、先祖の墓から遺骨を移した3人の記録から、一節ずつ紹介します。
成年後見人として、関わる人の墓じまいを進めた社会福祉士(支援者・個人ブログ・note)
「遺骨を見るのが怖いので、全てお任せしてもいいですか」と正直に伝えたところ、気持ちよく引き受けてくださいました。 誰の遺骨かわからない場合は、粉骨してひとつの骨壺にまとめてくれました。
出典: 「無縁仏にしたくない」——後見人として墓じまいに向き合ってきた話(note)(台帳: V0062)
市営霊園にある先祖の墓を、臨月にしまった30歳の当事者(個人ブログ・note)
用意すべき骨壺のサイズがわからなかったので、骨の量を確認すると、「一般的なバケツに万杯ぐらいでしょう」という連絡が来た。
出典: 先祖の遺骨と、妊婦のわたし〜30歳の墓じまい(note)(台帳: V0057)
江戸時代後期から地方の寺にあった先祖代々の墓を、都心の集合墓へ移した当事者(個人ブログ・note)
古いお墓は一人ずつ骨壺に入れるタイプではなく、墓石の中に直接納める合祀形式だったため、多くは土に還りかけて粉状になっていましたが、30年前に亡くなった父や7年前の母の遺骨は比較的綺麗な状態で残っており、再会したような不思議な気持ちになりました。
出典: 「改葬」という選択の体験記(note)(台帳: V0018)
